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クルーズ旅行体験記
 
 

ハネムーンでヨーロッパクルーズ 10日間 満喫6カ国周遊。

せっかくのハネムーンが、仕事の関係でどうにも5日間しか休めなかったので、祝日と土日を絡めて、最大9日間でどこかにいけないか? とパンフレットやインターネットで探し回ったのが10月頭。 自分は、イタリアのベニスとギリシャに経済危機の雰囲気を見たくて、彼女は、クロアチアとマルタ島に行きたいという意見で、どうにか二人の意見がマッチするツアーがないものかと探しました。

さすがにどこの旅行会社でも、この日数で4カ国はなかなかあうものがなく、時期も11月下旬と限られていたことから、何かをあきらめないとならないと相談していた矢先、IACEトラベルさんで、ミラクルを起こしてもらうことが出来ました。 なんと、すべての希望都市を巡り、おまけまでついて、飛行機はちょっと強硬でしたが、大満足のプラン、そして、うれしい安さで抑えてくれました。
もともと一人40万の予算で探していしたが、予算を大幅に割り、その分を観光やお土産に費やすことが出来ました。 担当の方にも非常に良くしていただいたので、感謝を気持ちを込めて、ご依頼いただいたレポートを早速作りました。 大半が、私の主観ですのでやや雑な点はございますが、ご容赦ください。 彼女も同様に喜んで、満足しております。 おかげさまで二人にとってのすばらしい門出になりました!さて、今回ご提案いただいた旅行は、なんと憧れのクルーズ旅行です。 初めてだし、どうやって乗るのか? 服装は? など、当初は選択肢になかった我々ですが、詳しくお話を聞いているうちに意外といけるのでは?という気がしてきました。ルートは、ベニスを出航して、クロアチアのドブロブニク、ギリシャのコルフ島、マルタ共和国、イタリアのナポリ、そしてイタリア西部の港町サボナというところで下船というクルーズ5泊6日でした。 このクルーズに前後の都市で1泊づつして、7泊日程、そしてなんと、仕事が終わってぎりぎり間に合う、カタール航空で木曜の夜に日本を経つ日程を提案していただきました。 クルーズだけならまだしも、船に合わせた飛行機スケジュールまで完璧に組んでいただき、時間的にもゆとりが生まれ、サボナからフランスのニーズに行き、ニースではモナコ公国まで足を伸ばすことが出来ました。 つまり、イタリアに始まり、6カ国の周遊を体験したのです。

7泊10日で6カ国を回る旅で、尚且つ、滞在は航海中は同じ船の中ということで、あまり疲れることもなく、気力的にも充実した旅行になったわけであります。さて、すばらしいこの日程とクルーズ体験を、順を追って写真と一緒に説明させていただきます。
お年寄り以外にも、ハネムーナーにも人気が出てきているとおっしゃったとおり、すばらしい旅行となりました。初日:夜9時 成田発、カタール航空で、関空、ドーハ乗換えでベニスへ。 翌昼すぎにベニス空港に到着。
カタール航空は、今回初めて乗りましたが、新しい会社の様で、機内はすべて一人一台のモニターに、映画やゲームなどオンディマンドと、かなり長いフライトでしたが、意外にも寝てたり、映画を見たりで何とかなりました。さて、2日目の昼過ぎにベニス空港に到着。 空港から市バスでベニス本島へ。 写真のローマ広場でバスを降りて、歩いてホテルまで(サンタルチア駅前を素通りして、およそ6分でホテルに着きました)
出発前に、地図を見ながら移動と聞いていたので、非常に楽に、そして確実に動くことができました。


3時前にはホテルに到着したわれわれは、早速、ベニス観光に。
といっても、ベニス本島に絞ったので、徒歩と水上バスのみでリアルト橋から、サンマルコ寺院まで簡単に見て回ることが出来ました。

ちなみに、この日は夕方から冷えだし町中に霧が立ち込めるミステリアスな雰囲気に。水の都といわれるだけあって、この霧もこの季節の定番であると、帰国後に知りました。確かに霧の多い場所は、運河や海、湖に近く、また水温が暖かい土地ですからね。それにしても、怖いくらいに神秘的な雰囲気の夜でした。


【2日目】 いよいよベニスからクルーズに乗ってクロアチアへ出発!

と思いきや、、、、 事件発生、でも英語が堪能な彼女がいたので、楽々クリアでしたが、

ホテルを出てローマ広場にある荷物預けロッカーでスーツケースを預ける。
ベニスの町を散策(相変わらずの霧でしたが)、乗船手続きのリミットが夕方なので、3時に港へ。
ローマ広場にある、People Moverで、1駅でクルーズターミナルに移動が出来ます(IACEさんのアドバイス通り楽勝でした)この乗り物は、いわゆる無人トラム(ラスベガスにありました)です。 8分間隔で運行。乗り場には、次の到着時間が出ていて安心。 1駅、所要5分でクルーズターミナルのある駅へ


トラムを降りるとこんな看板が、われわれが乗るコスタビクトリア号のターミナル 107を探して、建物の中に。 ここまでは、むしろ迷うことなく楽でした。 この後事件勃発!! 乗船ターミナル内。 ここで、搭乗手続きを待つものの、出港時間になってもアナウンスなし? これは何事かと確認すると、案の定〔霧の影響で船が港に入れない事件発生〕。代替の港までのバスを用意しているので、少しマテとのこと。 1時間ほど待つと、ようやくアナウンスが。コスタクルーズは、イタリアの会社のため、言語がイタリア語でほぼ理解不能。 イタリア語の後、英語を話してくれるので、何とかなりました。 日本語はありません。

さて、ベニス港を夕方6時に出発して、バスで〔トリエスタ〕という町へ。
これまでローマやミラノには行きましたが、トリエスタという町は始めての訪問。ある意味ではラッキー。
でも霧の中を高速道路で2時間というのは、事故りそうで、若干心配でした。 ハネムーンの出だしで自動車事故だけは勘弁してくれと祈りつつ、トリエスタに到着。 霧は途中でなくなり、むしろ星空が広がる綺麗な港。
トリエスタの港は、綺麗な建物と他の船も止まっていて、とても綺麗でしたが、、、
ベニスを夕方出るはずが、霧の影響で大混乱らしく、なかなか船内に入れません、待つこと2時間、イタリア人は、料理はおいしいが、効率的でないことと、配慮に欠けること、段取りが悪い人種と思い知らされました。
私らは、まだ体力的にも楽勝でしたが、周りにいる、お年寄りや小さなお子さん連れの人たちは、正直見るも無残なくたくた状態。 それに対して、一切のフォローもないのは、日本だったら大問題では?と思うほど。
欧米人はおおらかと良く言われますが、逆に、無頓着、思いやり無しなのでは?と見ていて腹が立ちました。
(それでも元気に、特に日本人のおば様方は、気丈にもニコニコしてました(私が腹を立てていただけなのか?)

さて、くたくたになって、船内へ。 
この日は、ご飯も食べずに即効で寝ちゃいました


【3日目】

3日目の朝、朝食を済ませて船内を見学。 観光ツアーの申し込みデスク、カジノ、そしてなんと教会があるじゃないですか? ここでは、式も挙げれるとのこと(神父はいないらしく、まれに船長が、やるそうです)。

午前中に、避難訓練も強制でありました。 参加しないといけないらしい、、、



出航が遅れた分、念願のクロアチア・ドブロブニクへの到着は夕方に、、
港が浅く船が入れないので、テンダーボートという船に乗り換えて、上陸。
夜のドブロブニク。われわれを待っていたかのように、レストランやお土産やさんがネオンを放ち、世界遺産の町がひときわ賑わいを見せておりました。 魔女の宅急便の舞台である、この街は、城塞に囲まれた山城の町。
石段が多く、旧市街においては車も走っていないので、安全、快適な町並み。
滞在時間は約4時間、彼女は文句も言わずにまた来たいとのこと。 今度は、クルーズではなく泊まりで来たくなるほど、素晴らしい街でした。 ロープウェイが終了しており、城塞の上からの眺めは断念。 10年後に10周年でまた来よう! と堅く約束しました。

【4日目】

さて4日目は、ギリシャの島 コルフ島(ケルキラ島)
経済危機の雰囲気はどのようなものかと思いきや、穏やかな街に、やさしい笑顔があふれてました。 アテネは暴動があったと聞きますが、島ではそのようなことも無いようです

【5日目】

5日目は、彼女念願のマルタ共和国へ。 城塞都市として古くから栄えている小さな独立国です。
前日の夜から、若干揺れだし、二人とも朝食は軽めに、軽く吐き気を催しながらふらふらと船外へ観光に。
港の目の前が、城塞ということで、ここでもツアーには参加せずに、徒歩で旧市街を観光に。
町は高い城壁に囲まれ、敵軍を迎撃する砲台や鉄砲台などの戦備の名残が数多く残る町で、今では城壁の中は、お土産屋さんやデパート、近代的な建築物とふるい寺院が混在しており、歩いていてとても楽しい町でした。
マルタ共和国もかつては第二次世界大戦で、イギリス軍(連合軍)の占領下にあったようです。
また、マルタ島では、旧市街と新市街は、橋でつながってます。 公共交通は市バスが中心。便利でした。
さようなら マルタ島


船に戻ると、日本人係員の方が、厨房を見学させてくれることに。
なんとそこには数多くの日本人の紳士と淑女が集まってました。(こんなにいたのか?とびっくり)

お味は? 甘からず、辛からず、臭からず、、、そこそこおいしく頂きました。
ただ、メインの夕食よりもむしろ、ランチのバイキングに日替わりで出るパスタやハンバーガーがおいしかった印象が残ってます。 ごめんなさいね 味覚がおかしいのかもしれません。

【6日目】

いよいよクルーズも終盤の6日目。 最後の寄港地ナポリへ。 ここは、私がどうしても行きたかった〔ポンペイ遺跡〕があるところ。 ローマから3時間とのことで、かつて断念した場所へ、ナポリからだと1時間の距離。 ここでは、寄港地観光のバスツアーに参加しました。船をおりたら、目の前にバスが!
おしゃれなイタリアンガイドとポンペイ遺跡へ突入 2000年の時を経た巨大遺跡群に感動。
なんと、親日国家で有名なあのブータンの人とばったり意気投合。 震災のときは、翌日には8000万円の義捐金をお送りいただいたと聞いていたので、感謝を伝えました。 しかもこの日は、ブータンの王様が来日中。


【7日目】最終日

さて最終日の朝です。 サボナってどういうところか、想像もつきませんでしたが、綺麗な港町。 規模も個人まりとした小さなところでした。
下船後、建物内の広場で荷物を受け取り、下の階へ出るともう出口。 意外にも手続き簡単、便利でびっくり!
港を出ると目の前にバスが。 あらかじめ船会社から予約を入れておいてもらったので、速やかに乗車。
ここから2時間を掛けて、隣の国フランスにある、ニースまで移動しました。
国鉄のニース駅の前で降ろされ、歩いてホテルへ移動。


船を下りたのが朝の10時、ニース駅前に12時30分頃。 ホテルはは1時に到着して、体力的にも余裕がある僕らは、荷物をおいて、なんと〔モナコ公国〕に。  このときデジカメのバッテリーがアウトに。 画像はこれでおしまいですが、モナコレポートを。

ウィきるとこんな感じですが・・・
モナコ公国(モナコこうこく)、通称モナコは、西ヨーロッパの立憲君主制国家。都市国家であり、首都モナコ市がそのまま全領土となる、世界で2番目に小さいミニ国家で、国連加盟国の中では世界最小である。フランスの地中海沿岸地方コート・ダジュールのイタリアとの国境近くに位置する。カジノやF1モナコグランプリ、WRC・ラリー・モンテカルロが開催されることで知られる。


クルーズで多くの名所を見たわれわれは、それほど感銘を受けず、ガイドブックを片手に新たな観光地を探したら、ちょっと興味深い村があることを発見。 その名は、エズ。
ニースからモンテカルロに向う途中、標高427mの切り立った岩山の上に建つ中世の村エズ。
かつてサラセン人の襲撃を避けるように村を作った鷲の巣(nid d'aigle)のひとつである。
そのエズを象徴するホテルのひとつが、「シャトー・エザ」。20世紀の初めにはスウェーデン王室の別荘として使われていた建物をホテルに改修したのだが、眼下に広がる地中海とコートダジュールの海岸線を一望する部屋のテラスは、観光客で賑わう村の中にあっても、絶景と静寂に包まれた時間を約束してくれる場所だ。

いってみるとまさに天然の要塞。 どうやって作ったのか? 敵の侵入はこれで防ぐことが出来たのか? モナコの駅前からバスで30分、帰りは、ニースまでおよそ40分と、市バス1区間 e1と激安でコートダジュールの小さな村を観光したのでした。
そして、ニースで1泊し翌日の早朝には、帰国便へ。
カタール航空は、機内食もおいしく、CAさんも米系航空会社の某社に比較し、非常に優しく素敵。
ただ、何しろ帰りのドーハ空港での待ち時間が約7時間と、中継地での待ち時間が長いのは、本当につらいですね。
でも、ベニスから入り、ニースから出るという神業ルートのおかげで、都合6カ国を満喫し、しかもスイートルームに泊まって、この価格ということで、むしろこの7時間も何かの縁。 ドーハ空港でたっぷりとお土産を買って帰国したのでした。


最後のまとめで、初めてのクルーズ旅行の感想を

・言語問題  イタリア語は正直さっぱりわかりませんが、英語アナウンスが次にあるので、ぎりぎり何とかなりました。
・各種手続き これも言語の壁を感じましたが、意外と簡単だったのと、日本である程度お伺いしてましたので問題なし
・船内新聞  日本人係員の方が、毎晩届けてくれたので、毎日のイベントや注意事項を把握することが出来て快適でした。 健ちゃんとかいう、若い男と子で、天職と信じてずーと船に乗って、日本人客のお世話をしているとのこと。 彼のおかげで何かと助かりました。
・水  飲めましたが、まずいのでやはりミネラルウォーターがいいでしょうね
・プールとジャグジー 挑戦しましたが、寒かったです。 ジャグジーもぬるく、日本のスパのようにはいかないものですね
・船内でのイベント  ショーを毎晩見ましたが、どれも見入ってしまう面白さ、豪華さ
・ビンゴ大会  もう二度とやることはないでしょう。 言語がイタリア語で、ルールの説明が理解できずちょっと頭にきました。 
・食事全般  朝はビュッフェを主に利用。 まずからず。 昼も外にあるプールサイドのビュッフェを利用。これが激うまでした。 夜は、毎晩メインダイニングと呼ばれるシンフォニアレストランへ。 雰囲気はよかったです。
・スタッフさんのサービス全般 笑顔に溢れててすばらしかったです(初日は、皆大混乱の中で、笑顔はなしでしたが、それはお互いに仕方ないでしょうね)
・その他の乗客  聞いたところ、やはりイタリアの船会社なので、大半がイタリア人、そして近所のフランス人、ドイツ人が中心とのこと。 日本人は、このとき20名くらいだそうです。 ブータンからは2人だったそうです。 

長くなりましたが、適当に添削していただき、ぜひ貴社のお客様のためにお役立ていただければうれしいです。
来年も必ずクルーズに行くことに決めましたので、アドバイスお願いします。本当にありがとうございました。


匿名希望:ブータンで5ユーロ様(男性30歳)