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クルーズ旅行体験記
 
 

9月のエメラルドプリンセス号 コペンハーゲン出港ニューヨーク下船

今回のスケジュール

①フライト 羽田→コペンハーゲン
②クルーズ コペンハーゲン→ニューヨーク(北大西洋横断)
③フライト ニューヨーク→イスタンブール 地上滞在
④フライト イスタンブール→成田

プリンセス・クルーズ

外人の乗船客は年配の方々が大勢で、車椅子や杖を持った方が結構おりました。
日本人乗船客は12人で個人2組の内、一組は九州から70代半ばの英語ペラペラおじ様と、もう1組が私達。
お一人は折畳み自転車持参、船内で有名になりました。(荷物は23kgピッタリ)
自転車は二度のパンクにも欧州は自転車の普及率が高いので、いとも簡単に自転車屋を探せて修理が出来たそうです。
そして8人の方が関西から参加。12人催行で7人しか集まらず、お客様は出発を諦めていたそうですが、旅行会社では「出発しましょう!」と、添乗員さんと一緒に。

大阪の方は何度もその旅行社を利用し、“プリンセスが最後の南極です。”という勧誘に参加し(日本人300人参加)乗船客の第三位だったそうです。
グループ参加の方々はクルーズに慣れておりましたが「英語が話せないので。」と言い、添乗員さん任せの安心なクルーズでグループの方々にはその時、
一度しかお逢いしませんでした。
乗船客はアメリカ人が75%、カナダ人20%、イスラエル人とも知り合いましたが、中国系アメリカ人が50人前後、いつもグループで行動している姿を拝見。

乗船間もなくCNNで沖縄の台風情報が数日流れ、私達が日本人と知るアメリカ人は心配して声を掛けて下さいましたが、多くの人々は第一声が、中国人?韓国人?と、
そして日本人と言われるまでには、よその国名ばかりを言われ、ついに「日本人です!」と、何十年も言われてきましたので、多少うんざり・・・。

船のエクスカーションをいくつか申し込みましたが、すべて完売!自分達でタクシーや電車、観光バス等を利用し、風の吹くまま気の向くままの観光。

羽田からのフライトは英国航空を利用し、ロンドン経由でコペンハーゲンへ

ロンドンへ向かう飛行中、出発から問題が発生し幸先の心配が・・・。若い黒人男性が異常な行動を起こしCA全員が集まり彼を押さえつけ、
前の席一列に寝かせヒースロー到着まで見張りです。
アナウンスは「飛行機に慣れていない人物が…。」私達は“コカイン常用者”と感じ、内心ハラハラドキドキ。
英国航空には日本人CAがおらず、暫くすると若い勇気ある?日本人男性が大勢の日本人乗客に対して日本語アナウンスの必要性を訴え、マイクを借りて機内アナウンス!
機内には早朝の便で、グループ客一組もおりません。

ヒースロー到着後、警備員が問題の黒人を調査するまで、乗客は座席から移動しないよう指示があり、その待ち時間は急ぐあまりとても長く感じ気持ちは焦り始めています。
その後、「日本人で英語の話せる方は残って状況を聞かせて欲しい」と、しかし英語の話せる人でも、誰も残らず足早に航空機を背にしました。 
私達も乗り換え時間が短く、とても人事どころではありません。次の便は到着が夜になり予定が狂いますし・・・。ギリギリ乗り継ぎ、目的地のコペンハーゲンに無事到着。

ほっとしたのも束の間、主人のおサイフが無いのです。スリが多いと知ってはいましたが、まさか自分達が!空港で両替した後にクレジット・カード3枚と日本円2万円、
デンマーク・クローネ(日本円で約3万円)が盗難?!
運良く全額でない事に、神のご加護?主人から旅行費を預かりカード3枚持参していたので、被害は最小限に食い止められ、旅行は順調に楽しめました。

すぐ空港へ引き返し警察に届出をし、書類3枚作成(A4サイズ)して頂き、目を通した後サインの必要もあり、サインの依頼にも快く対応して下さいました。
その日の夕方は9月6日、日本では残暑続きで暑さを逃れた喜びも、一気に冬モードで木枯らしが吹き、若い女性はオーバーコートにマフラー、ブーツスタイルで闊歩しておりました。
私達も懐が寂しくなり必要以上に寒さを感じました。

コペンハーゲン・カード

1日と一週間のカードがあり、電車や公共機関の博物館・美術館、チボリ公園等、カード利用できます。(カードは高いと思いましたが、利用しだいで割安でした。)
翌日、電車を乗り継いでフレデリクスボー城へ、外見より城内は圧巻で、壁一面には各国王室の紋章があり、その中に天皇陛下と常陸宮様の紋章を発見した時には感激もひとしお!

入館するとガイドの方が日本人と知るや否や日本語のパンフレットを探し、グランドフロアーを案内して下さいました。(観光客が少なかったから?)
1日カードなので急ぎクロンボー城へ電車を探すにも、鉄道員がいないのです。聞く所によると、コペンハーゲンは駅の側にあるセブンイレブンで尋ねるのだそうです。
途中、遅いランチに近くのトルコレストランで大好物のシシカバブをほおばり、隣席のご婦人との会話に私「これからクロンボー城に行きます。」ご婦人は反応が早く、有名なハムレットの
台詞をジェスチャー交じりに大手を広げ、低音で「To be, or not to be…」と、私も同じように真似して「To be, or not to be…」お互いに大受け!「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」

クロンボー城には閉館間際に到着し、ジャラジャラ鍵を持っている城のガードマンに案内されて短時間でしたが周囲も見学し、学生時代英文学で触れたシェイクスピアをあらためて真剣に
学び、奥の深さに接しようか揺るぎました。

黄昏時に市内に戻り、イルミネーションが輝いているチボリ公園へ。園内は子供よりも大人が目立ち、観覧車やメリーゴーランド等が時間待ち。
翌々日、ニューハウンで大きな黄色の看板【スリの多発地帯】を目にし、私達は少額で運が良かったと思いました。
それでもグーグルのタブレット・パソコンを買おうとしている主人!日本では10月に販売されるので一足早く購入したく、観光もさておき各地の電気店を探し回り日本より1.5倍安い!
とか言い、スリの件は記憶にない状態?!

フォーマルディ・イベント!

出港3日目はプリンセス・クルーズならではのイベント!フォーマル・ナイトChampagne Waterfallがあり、シャンパングラスをピラミッドのように約600余りを下から積み重ねて行きました。

乗船客はその様子を、グラスがいつ倒れるか心配しながら見入って、高さが頂点に達した後、乗船客は順番に並び、一人づつ踏み台3段を登り手を高く持ち上げて一番上のグラスを
目がけて、シャンパンをたっぷり注ぎました。

ノルウエー

オスロの衛兵行進は、韓国の大統領訪問で行進が予定時間より早く、最後の部分をどうにか見学。「再度行進があるか」尋ねると本日はこれにて終了でした。
ノーベル平和センターでは歴代のノーベル平和賞受賞者やノーベルについての資料、世界各国の紛争と平和に関する展示やアート作品などが展示されて当日は、アウンサンスーチー女史の
大きなポスターが壁一面に張られておりました。

氷雨のような、ふるえる寒さにノーベル賞・授賞式会場のオスロ市庁舎まで行けず駅へ向いました。
暫くすると雨も止み気温も上昇し出港まで時間がたっぷり!

再び観光へ出直し、バスでノルウェー民俗博物館を見学後、気力も取り戻せヴァイキング船博物館、コンチキ号博物館等へも軽快に歩けた事が嘘のようでした。
“ムンクの叫び”も鑑賞予定でしたが、子供と一緒でクリスマスが大好きな私はクリスマスショップに目を奪われ、オスロを始めグラスゴー、カナダのSt.Johns NBでカードを買い漁り、
お土産よりも手荷物はX’mas cardで一杯。

カナダでは、やはり観光客の方が「もう、クリスマスカードなの?まだ9月なのに!」私も「October, November, Decemberと3ヶ月先ですね。」と、二人で大笑い。

アイルランド~アイスランド

アイルランドからアイスランドは終日大荒れで、寝ている間もベッドはハンモックのように大揺れ。当然クリスチャンセンには寄港不可。

ダブリンにある(ギネスビールの発祥地・工場)ギネス・ストアハウスには、ビール好きな主人が一目散に向いましたが、ダブリンの中でも一番人気がある観光スポットだけに長蛇の列。
ビールは350mlのグラス一杯に屋上展望で市内を見渡すだけ。
入場料の高さに「えっ?こんなにも?」物価高は承知していても、日本のビール工場を知っているだけに落胆。入場料金の高さに、今来た道を戻る人々の姿も見ました。
市内では目抜き通りグラフトン・ストリートが華やかで活気があり、久しぶりに都会を体感、しばしショッピングに目を奪われ、歩き疲れているはずが急に足取り軽く。
店主も笑顔で「クルーズで?」と尋ねられ、いつもクルーズ客で賑わうダブリンなのかと思いました。

列車にて北アイルランドのベルファストのタイタニック博物館・造船所へ向い、市内にはタイタニックバスが周遊し、タイタニックの町とすぐ分かります。
博物館は五階建ての近代的な館内、2階から入場しベルファストの工業、造船、海事史などに関する展示を見学に観光客は行列で順番待ち、タイタニックの船内や造船作業を上映、
1階にはどこの観光地にもあるロゴ入りお土産屋が。

ブルーラグーン

何もない広荒野?見渡す限りどこまでも続く溶岩大地をマイクロバスは一路ブルーラグーンへ約50分走り、目的地に到着。

下車した目の前に各国旗の中、日の丸の旗がはためいて、入口へは矢印や案内板もなく細い道が溶岩の壁で覆われ約3分歩き、近代的な建物が正面に見えました。
ジャグジーやスパ、観光地にスキューバダイビング場があると欠かさず出掛ける主人は海や温泉が大好き!観光もさておき、露天温泉として世界最大の白濁した温泉・ブルーラグーンへ
まっしぐら。外人達に混じり、“乞うご期待!世界一の温泉”に2時間たっぷり醍醐味を。
入浴しない私はレストランの先にある渡り廊下のような所から、温泉の場所へ行って写真撮影ぱちぱち。ダウンコートを羽織っていた私に、ご婦人達は「暖かいでしょ。」と、何人もの方から
声を掛けられましたが、クルーズの方は薄着でいらしてました。

今回のクルーズで第一希望地がグリーンランドでした。
流氷で寄港が出来ず非常に残念! 流氷は命に関わる危険を及ぼすので回避する為には諦めざるを得ません。考えて見ますと北極圏という土地柄、過去にも寄港できない事が
多かったのではと?
代替としてカナダのSt.Johns NFとNBの2箇所に寄港、天候に恵まれ観光日和だったのが幸いでした。
今回はグーグルのタブレット・PCを買う予定でPCは持参せずに、旅先のインターネット・カフェで検索。お店では飲み物を注文すればPCの使用が無料。(船で我家のPCに接続できず)

ショウタイム&ディナーのウェイター

夜のショータイムはちょっぴり寂しい感じで、連日英国の有名コメディアンが独り舞台でした。彼とは朝食やランチで時々出会い、常に声を掛けて頂きラッキー!

食事以外は、これといって感激するイベントは無かったように?船はご年配向きの感じで、気持ちだけ若い私にはちょっぴり物足りない感じ。
MSCはショーへの力の入れようは実に見事で、毎夜お客を楽しませてくれ感激でしたが、食事に至って全く期待出来ません。
やはり、それぞれ船には特徴がありプリンセスは食事が大満足でした。

ウェイターは優秀なルーマニア人のマリウスでしたが、今までのクルーズの中でも最高でした。
もし、仮に私がレストラン経営者なら引き抜きたいほどの人物。 ジュニアのペルー人マウリシオも、いつもフレンドリーな接し方、観光先で偶然出会っても人懐こく、それでいて立場を
弁えておりました。

ディナーはカップル席が一列に、左隣りのウィスコンシンから来たご夫妻は自分達のウェイターは酷過ぎると3日目にはテーブルを移動しました。
隣の席ですから、当然マリウスの声が聞こえ自分達のウェイターと格段の差にがっかりしたようです。隣から時折聞こえてくる会話で私が感じるほどでした。
後日ランチでご夫妻に遭遇した時、テーブルを換わったお話を伺い「やはり」と!実にマリウスは素晴らしく隣の席にも彼の声が聞こえて、なおさらだったと思いました。
彼らは船側にも苦情を訴えると言われ、私も声を大にし「勿論!」と。

ソフトクリームとピザも太る事より、美味しさに負けてプールサイドへ2日に一度は誘惑され、ウクライナの美女が担当し
愛嬌あって良かったです。 折り紙(鶴)を上げましたら「私に?」と、言いながら「こんなに小さい作業は難しそう」と喜んでおりました。今回はクルーや知り合った乗船客、
大勢に鶴をバラマキ状態!

終日航海・イベント

船内のイベントではコーラスに参加し、アメリカで20~30年前に流行した曲?を12曲くらい。歌詞は簡単な曲で、歌が好きで英語もそれなりでしたらどなたもついて行け、3回ありましたが
アメリカ人以外は日本人、私一人なので2回目で止めました。 歌詞のプリントを持ち帰り、時間のある時ユーチューブで検索予定です。
PCは毎日開いておりますが野暮用に追われ、検索には至っておらず、近々に。

卓球はトーナメントがあり、まさかの2位になりました。ジャッチはルールを知らず?2位とは名ばかりでヘンな感じ!(5月のレジェンドでは3位でした。)
卓球のルールを知っているのはサンフランシスコのおじさんだけ、ほかの参加者はルールも知らず、ただピンポン打ち返せば上手と思っています。
本来ならサンフランシスコのおじさんが1位のはずが3位にもなれず!気の毒でした。 皆が去った後、彼は一緒にプレーしようと誘って下さり
(数日前から彼とは何回かプレーをしておりました。)
「このクルーズで最後の今日が一番最悪の日だ」と、慰めようにも「本当は貴方が一番ですよ」としか言えない私でした。

ダンスは常にアメリカ人が2組~3組に、5~6組の中国系アメリカ人でホールは埋まり、皆さんと顔見知りになり私達も2日に一度はダンスに興じました。
踊りに行くとボーカル&ベースの方と目と目が合うように、最後の夜にご挨拶しましたらボーカルの彼から手の甲にKissを受けました。
今回は、訪問先がアイルランドですからショーか何かでアイリッシュダンスを多いに期待していたのですが、全くなかったので「えっ~何故?」と。

スタッフもほかのクルーズシップよりお気楽と感じておりましたが、最後の日に勤務成績評価がないので納得!
ロイヤルカリビアンは非常に厳しく、下船3日前からスタッフはエクセレントに印をつけて欲しいと露骨に頼んできます。
「Goodはダメで、一番上でなければ首になります。」と、まで言い出します。

ニューヨーク到着後、荷物は書籍購入でかなりの重量になり、航空会社の重量オーバーで追加料金より高くても、移動に楽をしたいのでホテルへ荷物を預け郵便局へ直行。
局内で一番大きなダンボール箱を購入、ボストンバック2つ分を悪戦苦闘しながら梱包し日本の自宅へ。
ニューヨークやイスタンブールをのんびり観光し思い残す事無く帰国しますと、ダンボール箱の荷物は私共より1日早く日本へ到着しておりました。

NYでの地下鉄利用は、常に二人分の切符(カード)を購入し改札を通り抜けようにも、なぜか一人分が使用不可を度々経験しました。同様に騒いでいる外人大勢。

国連本部も国連総会で近づけず、一番嬉しかったのはニューヨーク街中に私が若い頃勤務した銀行の大きなロゴマークが!エンパイヤ・ステートビルの入口両サイドに、
やはり若い時に働いた英国系企業の会社名が刻印されて懐かしいやら、嬉しいやら・・・。

グランド・セントラル・ステーションの駅構内に牡蠣専門店があり、目的の一箇所でもありました。夕方いそいそと広い駅の中を探し、案内に従って辿り着きました。
お巡りさんに店舗を尋ねると彼も好物らしく絶賛!カウンターに座り美味しい牡蠣にワクワクでした。 メニューは頭上に産地と値段が書き込まれ、その中から評判の4種類選び、
口にした瞬間「ふ~ん?」牡蠣の殻が“じゃりじゃり”思いとは背中合わせ!美味しさを感じられず、やはり広島やパリには叶わない!
パリではムーランルージュ近くのレストランに3日間も通い続けた美味しい牡蠣が忘れられない!期待が大き過ぎた結果でした。

最後、NYでPC購入を決心した主人に「わざわざ英語版でなく、高くても日本で購入をお願いします。」私の一言がハートに傷つき、昨今では秋葉原に通っています。
一番の目的がクルーズより?PC購入のようで、なんとも・・・。

NY最終日JFK空港を夕方発で、ランチはチャイナタウンに足を延ばし懐かしい中華料理で満腹。
タクシーのリモはNY出国3日前に予約が必要で、すぐに依頼しました。リンカーンで空港まで気分はゴージャス!最終地はイスタンブールのみ、厄落としにチップも弾み、
ドライバーもサービス満点でした。スリの件は遠い彼方へ。

イスタンブールは、エジプシャン・バザールが名称を変えてスパイス・バザールとなり若者達はその名称も知らずにおりました。
トルコ・リラは三年前に通貨が変わり10年前までは度々訪問し、持っていた通貨は全く役立たず! 今回はTVのCMでも有名なダンダダダン!トルコ軍楽隊を目の前に。
演奏は曜日と時間の指定があり、今まで機会を逃していたリベンジです。 今回こそはと渋滞の中、タクシーを飛ばし間に合いましたが、午後3時から2回演奏されるはずが、
その日は1回だけ中庭で演奏。一曲の演奏が終わるごとに、指揮者が観客に礼をします。衣装も華やかで勇壮な軍楽隊。 軍事博物館も見学。大きな建物の中、
見学者も数えるしか人気がない!監視人が見学者より大勢。親日のトルコはいつも優しかった!


クルーズの前後泊滞在と足を延ばしてトルコも満喫した28日間の旅行でした。

都内にお住まいの中山様より